玉永寺二十八日講・同朋の会御案内


とき 二月二十八日 午前九時半より午後一時まで
ところ 小出玉永寺広間
講師 木ノ下秀俊(富山教務所駐在教導)

いよいよ今年は蓮如上人の五〇〇回御遠忌法要を迎えます。
戦乱の中、人間が人間としての心を失い、人まで食べた者のあったといわれる時代に、親鸞聖人が明らかにされた念仏の教えを、平易な言葉で私たちに伝えて下さり、人間を回復して下さったのが蓮如上人です。
今日の時代の姿に通ずる課題を感じます。
私たちはお念仏を安物にしていないでしょうか。お念仏のいわれを聞け聞けといわれた蓮如上人のおこころを聞く一年としましょう。お誘い合わせお参り下さい。
池田館、小出、桜木、平塚の皆様が食事を準備して下さいます。遅ればせながら新春の会にしたく思います。

住職 石川正生
同朋の会長 古西義隆

‥‥‥‥‥‥‥‥‥日程‥‥‥‥‥‥‥‥
九時半 勤行  十時 講義  十一時半 座談  十二時 おとき 新春の会  一時 解散


 お講には食事がつきものです。
 煮しめや、煮豆などを中心とした精進料理です。
みんなでわいわい料理して、心もお腹も充実する。
それがお講の願いでもあります。

講 こう 宗教、経済、職業上の目的のもとにむすばれた社会集団。本来の意味は、仏教について講演することである。日本では640年(舒明天皇12)、入唐僧の慧隠(えいん)が、宮中で「無量寿経」を講じたのが最初で、その後仏教が盛んになるにつれ朝廷や寺院で、定期的または臨時にひらかれるようになった。教義を追究することが供養となり、その功徳も大きいとされ、現世利益や来世の幸福のためにおこなわれたのである。
やがて講演をおこなう行事やそれに参加する人々の集団も講とよばれるようになり、さらには民間で、同じ信仰をもつ者の集団や相互扶助を目的とした団体をもさすようになった。
民間の講には次のようなものがある。(1)日本独特の民間信仰である、田の神講、山の神講、庚申(こうしん)講。(2)氏子集団の、宮講、鎮守講。(3)仏教信仰によって観音堂や地蔵堂などを中心にあつまる、観音講、地蔵講、大師講。(4)有名な寺社に地域の代表者が参拝にいくための、伊勢講、熊野講、報恩講、身延(みのぶ)講、成田講、善光寺講。(5)無尽講や頼母子(たのもし)講のように金銭を融通しあうもの。(6)萱(かや)無尽や箪笥(たんす)講のように物品を調達しあうもの。(7)屋根講や葬式講のように労働力をだしあうもの。
これら民間での講は、鎌倉時代に浄土宗、浄土真宗、日蓮宗などがひろがるとともに盛んになり、それまでの講演形式の代わりに、あつまって念仏や題目をとなえ、信仰告白などがおこなわれるようになった。江戸時代になって、金銭融通のための講が庶民の間にひろがると、それらと習合して、ますます盛んになったと考えられる。現在では講という言葉はほとんど普通にはきかれなくなっが、富士山(→ 富士講)や木曽の御嶽(おんたけ)山にのぼる信仰集団があって、講を組織している例がある。

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第8代蓮如の時、教団は飛躍的な発展をみせ、「講」に組織された門徒は、農民とむすんで一向一揆をおこし、領主や大名とたたかった。親鸞の血脈をつぐ本願寺は、蓮如の登場によって真宗の中核的な存在となり、京都山科に本願寺を移築した。

"浄土真宗" Microsoft(R) Encarta(R) 98 Encyclopedia. (c) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.