廣瀬杲 講述      富山聞光会編

「正信偈以前」(上)

ー正信偈を読む前にー

 


 この講義録は、当初、年二回の講義の間に自主学習会を催すことを計画し、その参考資料として作成しはじめたものであった。したがって、講義のすべてをテープ起こしするのではなく、講義の中で印象に残った部分を石川、鈴木が中心となって起こし、それを先生に校正していただいたものである。
 富山では、今までに先輩たちが、三度、連続の講義をしていただく機会を持ったが、その度に「正信偈」についてのご講義をお願いしてきた。今回、私たちもまたテキストに「正信偈」を選び、ご講義をお願いしたのであるが、今回は特に先生から私たちの問題意識が問われることとなった。
 その問いかけを内容とする全七回の講義「正信偈以前」が終了した段階で、講義を聞くだけに終わらず、「なぜ正信偈なのか」という先生の問題提起をあらためて振り返る意味を込めて、版行が企画され、聞き書きをもう一度整理し、改めて先生に校正していただいた。よって、文章の中に流れの不自然な部分もあり、各回の分量にもばらつきが生ずる結果となった。それは、先生の言葉を、わたしたちの恣意に基づき、切り刻んだことになっているのかもしれない。しかし、自らを問い直してくれる、この「聞き書き」を、わたしたちのテキストとし、わたしたちの出発点として形に残した。
 文責のすべては富山聞光会にある。

 なお、上巻をインターネットに公開するにあたって、富山聞光会はこの著作権を放棄するものではない。
 断りなく転載、引用することを禁ずる。


目次

上 ー正信偈を読む前にー

第一講(一九九〇年八月二七日)


はじめに 1
親鸞と被差別民衆 1
問い直しを迫られる教学 4
「正信偈」の難解さ 6
難しさの意味 9
『日蓮論』 10
「カンガウ、サダム」 13
親鸞の思索 15
「後序」か「流通分」か 16
「人いずくんぞ能く鬼神に事えんや」 18
倫理道徳と仏教 20
偈頌と問答 23
末法濁世の仏弟子 25
行巻における「正信偈」の位置 26

第二講(一九九一年四月一三日)


はじめに 28
鈴木大拙 29
曽我量深 31
金子大栄と『光輪抄』 32
親鸞の教学の営み 36
「この詐称の罪」 37
思索の立脚根拠 39
正信偈以前 41
親鸞聖人の家庭観 42
野間宏 45
「愚禿親鸞正信偈にいはく」 48
三願転入序 50
なじむ、なじまないという感覚 51
愚・禿・釈の教学の見届け 55

第三講(一九九一年九月一三日)


なぜ富山は「正信偈」なのですか 57
蓮如上人と「正信偈」 61
「お正信偈」で育てられるとは 64
蓮如・一向一揆 67
法に依りて人に依らざるべし 70
一向一揆について 72
真宗と越中米騒動 75
一向一揆起源説 76
「正信偈」の作用 81
真宗学はなぜおもしろくないか 82
親鸞聖人と権力 85
弾圧される浄土宗と弾圧されない浄土宗 87
浄土宗のなかに真あり仮あり 91
「ゆゆしき学生」たちと親鸞 95
従因向果の教学から従果向因の教学へ 99

下 ーなぜ正信偈なのかー



第四講(一九九二年四月一四日)
「正信偈以前」の二つのポイント1
「正信偈」の生活化の機軸3
学習会の危険性・諸視点6
親鸞の生活8
『歎異抄』と現代人10
『歎異抄』伝達の歴史の点検15
宗教集団と『歎異抄』19
「正信偈」「正信念仏偈」「念仏正信偈」22
「正信偈」は蝶番か25
これまでの講義の確認27
親鸞の著作はなぜ発禁にならなかったか34
親鸞の著作の性格38
血統教団の成立40

第五講(一九九二年一二月二四日)
越中の国と「正信偈」45
安城の御影と教行信証の附属46
歴史から消された親鸞50
『歎異抄』53
愚禿親鸞の名告りの真意55
起こるべくして起こった弾圧61
興福寺学徒奏達の力65
関東での弾圧71
教団と僧伽は違う78

第六講(一九九三年四月二二日)
京都蟄居82
弾圧の浄土真宗から勅免の浄土真宗へ86
人間の自立への弾圧90
本願の絶対救済と造悪無碍92
仏道と倫理98
関東の同朋と共に100

第七講(一九九三年一〇月五日)
「正信偈以前」という問題提起103
『現代の聖典』、テキストの選び106
安堵感の危険110
教団の護持113
「正信偈」の諷誦と一向一揆の自滅116
「お正信偈」にどう育てられたか121
歴史を貫通した同朋の教え123
蓮如と本願寺教団126
真宗再興と『歎異抄』書写130
『歎異抄聴記』136
限定の中での真宗再興138
「正信念仏偈」は行だ143
造悪無碍・梶大介・人間解放147
やっかいな課題153


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