玉永寺住職法話

花まつりによせて

はなまつり

第一回 お釈迦さまの誕生

 お釈迦さまの誕生を祝う花まつりが、全国各地で開かれています。美しくかざられた花御堂の中に、天と地を指さして立っていらっしゃる誕生仏に、竹の柄杓で甘茶をかけている子供たちの姿が見られます。

 仏教には、元来、誕生を祝う思想があったのかどうか分かりません。しかし、仏教徒は、自分の誕生を祝うよりも、お釈迦さまの誕生だけは祝う習慣を残してきました。

 事実、以前はよほどの偉い人でないと誕生を記録せず、一般には亡くなった日の記録があるばかりです。今日では、みんな誕生日を大切に記録するようになりました。年齢も誕生日で数えますので、誕生日が一つのけじめとして生活の中で占める領域が広くなってきました。したがって、今日では誕生日を祝う習慣が一般化してきたようです。それは、それなりにまことに喜ばしいことであります。

 しかし、その反面、誕生を祝うことは、当たり前になり、なにゆえ誕生を祝うのか、その意味を問うこともなく、一つの習慣に流れてしまっているとも思えます。ごちそうやケーキを食べる日が誕生日だとしか思っていない子供たちの会話を聞いていますと、いささか考えさせられるものがあります。

 誕生という字を調べてみますと、誕生の「誕」も「生」も、生まれることですが、誕生の「誕」にはおおいなるという意味があります。したがって、大いなるものが生まれるという意味が誕生のいわれであります。それで、ごく最近まで、国王とか皇子が生まれるときを誕生といい、国中で祝い、一般のものは生まれる日は問題にされていなかったのでしょうか。実際、子供の戸籍を上げますのに、一月や二月も早めたり送らせたりした例があったことをよく聞きます。

 このことは、今日的な視点から見れば問題がありますが、それはそれとして、ただ一つ考えられることは、誕生という意味には、ただ生まれてきたということではなく、もっと重い思い深い意味で誕生という言葉が使われていたといえましょう。その意味をたずねることが大切だと思います。

 そのてがかりとして、自分の誕生を考えますと、生まれたことがめでたく祝ってもらうほどの喜びや感激をもっているわけではありません。気がついてみると生まれていたのであり、そこに国があり、環境があり、親があり、有縁の人がいたのであります。したがって、私の一生の出発は、白紙から出発したものではなく、投げ出されたものとして始まっていました。人はみな、生まれることは、めでたいこと、明るいことと、一応はいっていますものの、人、誰しも長い一生の歩みの中で、自分の誕生が本当に幸福であったのかどうか、問わざるをえない課題をかかえているのではないでしょうか。

 そして、与えられた環境を愚痴り、親を恨むことがあっても、それで環境が少しでも変わるわけでもありますまい。かえって空しさと惨めさをかかえて孤独に落ちているばかりであります。

 自分の誕生に喜びをもつことは、生きることに喜びをもっていることであります。逆に、生きていることに喜びを感じないところに誕生を祝うということは、考えられません。

 このことと、自分の誕生よりお釈迦さまの誕生を祝ってきた古人の精神とは、無関係ではありません。端的にいえば、お釈迦さまの教えにであったその時から、自分の生まれたことの意義と生きる喜びをえることができます。お釈迦さまの誕生を祝う心に、自分の誕生の意味を見ているということがあります。

 人生には二度の誕生があるといわれます。一度は親からいただいた生命の誕生、今一度は教えによって生まれる生命の誕生です。そこには、「人身受け難し、今已に受く」という、かたじけない生命を賜っていることの感激があります。人間に生まれてきて会わねばならないのは、そのいのちです。

 私たちは、お釈迦さまの誕生をお祝いすることを縁として、生まれてきたことの意味をたずねることが、花まつりを迎える大切な心であります。


第二回 シッタルダ

 先回はお釈迦さまの誕生を祝ってきた仏教徒の精神には、生まれたことの意味と生きる喜びを与えて下さるのがお釈迦さまの教えであり、その教えにうなずいた人々が、自分の誕生よりお釈迦さまの誕生を祝ってきたのではないかともうしました。

 では、そのお釈迦さまの教えとは、どんな教えなのでしょうか。私はお釈迦さまのご誕生の姿から考えてみたいと思います。

 お釈迦さまの誕生については、仏教の経典が色々と伝えていますが、一般的には、カピラヴァストウという都のルンビニーの花園を、マーヤー夫人が散歩しておられました。その散歩の途中、美しく咲いている無憂華の花を取ろうとして手を上げられました。そのおりにお生まれになったと知られています。しかも、龍神たちが、天から温かいお湯と冷たい水を交互にかけ沐浴し、お釈迦さまの誕生をお祝いしたと伝えられています。そして誕生されたお釈迦さまに名づけられたのが「ゴータマ・シッタルダ」でありました。

 シッタルダとは吉成とか、成就、つまり完成するという意味をもっている名であります。そのような名をつけられたお釈迦さまが、その名に応えるが如く、大地を七歩あるいて、天と地を指さして「天上天下唯我独尊」といわれたと述べられています。

 近年、お釈迦さまの伝記が、合理的に説明されることがあります。お母様が散歩して生まれられたのですから、未熟児であったのではないか。しかも、仮死状態で生まれられましたので、湯と水をかけて息を吹き返させたのだろう。お母さんは産後が悪くて亡くなられたのであろうともいわれています。それはそれなりに、仏教は私たちの生活と無関係なところで語られていると、頭から否定する者にとっては、大きな視点を与えることになります。しかし、それだけでお釈迦さまの誕生を言い尽くせるものではありません。お釈迦さまの教えに光を見出した人たちの心に開かれた世界は、現象の中に深い声を聞いた心が表現したものであります。

 いずれにしても、お釈迦さまであっても、一週間で母を亡くするような形で不幸を背負った一人の人間の、誕生であったことは間違いないのです。しかし、その誕生の姿の中に、私たちに深い願いをかけて下さっている大いなるいのちの世界があることに、気づくようにと示していらっしゃると受けとめなければなりません。

 そのお釈迦さまにつけられた名が、シッタルダでした。成就せよ。何を成就するのか。それは、有限で無常な、しかも一回限りのいのちを成就せよということでしょう。そのことは、何もお釈迦さまだけのことではありません。生きとし生けるものすべてにかけられている願いの名であります。そのことをお釈迦さまは示していられると思います。

 説一切有部の誕生偈に出てくる教典の言葉に、天上天下唯我独尊に先だって、「我が最後生の身なり」という表現があると聞いています。最後生とは、最後のチャンス、もしこのたび生を空しくするならば、永遠に目覚めるときはないであろうということです。その自覚を通して、お釈迦さまの言葉が出てくることに、深い意味を感じます。私たちには、この人生が最後生という自覚はありません。今日の一日が、そのままずっと明日も続き、未来も続くと思い、その延長の上に生きているのが正直な姿であります。そこには、根強い雑草のようなたくましさ、図太さはありましょうが、反面、生きることに本当の意味で真剣さをもっていないことがあります。

 したがって、生まれたことの喜びも、生きることの感動も真に味わうことなく、実に無内容な毎日を送っているのではないでしょうか。

 一回限りで、誰にも変わってもらうことのできない、二度と再びくり返すことのできない、いつ死ぬか分からない人生が、どんな不幸な生い立ちから始まっても、必ず生きていることが本当に尊いことでしたと、人生を成就せよと私たちに教えるために生まれられ、シッタルダと名づけられたのがお釈迦さまの誕生であります。

 真宗門徒の方が、後生の一大事といってきたのがそのことであります。

 私たちは、親からつけられた名の他に、仏からシッタルダ、人生を成就せよと願われている名をいただいているのですと、確認するのが、この花まつりです。


第3回 七歩あるく

 シッタルダと名づけられたお釈迦さまは、その名に応えるが如く、七歩をあるいて「天上天下唯我独尊」といわれました。生まれたばかりのものがそんな不思議なことができるでしょうか、だから仏教は信じられないといわれる人があるかと思いますが、仏陀釈尊のご誕生は、そのように表現されなければならない意味があります。

 天の下、地の上に私はこうして生まれてきたことは、なんと尊いことなのでしょうか。いのちの尊厳性を発見した自覚者の叫びなのであります。お釈迦さまの悟りより発せられた説法であります。

 それは、七歩あるいたところに開いたと表現されています。六歩でもない、八歩でもありません。七歩でなくてはなりませんでした。七歩とは六歩を超えた一歩ということであります。六歩とは我々の迷いの世界で、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、の六道のことだと古来からいわれてきました。六道といっても、人間の姿を捉えたものです。

 人間は他の動物と違い、常に理想を求め、幸福でありたいと夢見る存在であります。その夢見られた世界のことを天というのでしょう。天を求めながら、人間の歴史は作られてきました。よりよき生活、もっと幸せになりと、最初に誰が願ったのでしょうか。その原始の願いを現代の私たちもうけついで、幸福追求の仕事をしています。ですが、その仕事は、もう終わったかといえば、決して終わっていません。ますます激しく、体を休める時間もないくらい、忙しい忙しいと毎日の生活を送っています。そこに文化の発展と進歩があったのだといっても、なにか割り切れないものを感じます。幸せであり得ないという事実に立って、幸福をえようとする方向には、それがいかに真剣で誠実であっても、深い人間の悲しみが貫かれるような歴史しか創造されないように思われます。その人間の思考の方向性を、天を求めると表現されているのであり、それは流転の方向であります。

 そのように、私たちの歴史は幸福を追求しているにもかかわらず、現実は修羅といわれるような、差別と動乱、不幸と不満で満ち満ちています。幸福追求に一生をかけた老いた人々は、異口同音に昔はよかった、人間味があった、今の若者には人間味がありませんと、過ぎ去った日の思い出に浸っていきます。若者は若者で、反抗精神は盛んですが、さて自分はどうなればよいのかというと、それが分かりません。天を求めて夢破れた形で過去を見るか、天を求めて現在立っている大地を忘れ、現実に不平と不満しかいない、そのような世界を修羅の世界ともうすのでしょう。

 それは地獄といわれるような現実を作る、腹立ちの心、餓鬼という相で象徴される貪りの心、畜生という言葉で表されるような愚痴、つまり、現実をあるがままに見ることのできない、無知の心がもとになって修羅の世界を作っています。

 したがって、六道といっても、六通りの世界があるのではなく、その全体が、「人」、つまり人間の生きている姿を現しているものです。

 天を求めながら不幸と不満の現実を作る。そこには地獄・餓鬼・畜生の心が根っこにあります。そのことに気づかずにいる限り、人間の歴史は流転の歴史であり、悲しみと犠牲に満ちた世界であります。仏教でいわれてきた、六道輪廻とはそのような現実を捉えた仏の眼であります。

 その流転の世界に、私たち一人一人が気づかない限り、本当の満足する世界は訪れないのです。

 そうした六道の世界を一歩超えたところに、本当のいのちの尊さを発見されたのがお釈迦さまであり、六道を超えることを知らなかった無知な私たちに、六道から解放されていく知恵を与えて下さったのです。

 ですから、お釈迦さまの誕生は、一人の人生の誕生の意味にとどまるのではなく、すべての人間の誕生が、その智慧によって成り立つのだといわざるをえません。

 お釈迦さまが、六歩を超えて一歩ある、天上天下唯我独尊ともうされた意味は、そこにあります。


第四回 天上天下唯我独尊

 お釈迦さまは、生まれられて七歩をあるいて天上天下唯我独尊といわれました。七歩とは六歩あるいて一歩ということで、その六歩とは、人間の迷いの姿を端的に表現したものですと、先回、もうしました。今朝は、天上天下唯我独尊ということについてお話しいたします。

 天上天下唯我独尊とは、天上天下ただわれ独りにして尊しということであり、その独りにしてというところに意味があります。それは裸のままの自分が本当に尊重できるいのちであると、世界を見出したということであります。

 私たちは、自分の価値とか尊さは、外から身についたもの。学歴とか、財産とか、地位とかをもって決めます。そこには、身についたものは、いつまでも常ではないという不安がつきまとっています。今ここに、唯、われ独りにして尊しといえる世界は、そのような外から身についたものでいうのではなく、内なるいのちそのもの、尊さに目覚め、それ自身の中に、本当に尊重していける世界をもったことであります。したがって、「天上天下唯我独尊」とはいのちの尊さを知った、自覚者の言葉であり、世間でいうひとりよがりの人ではありません。その開かれた世界を、大無量寿経では「吾当に世に於いて無上尊となるべし」という表現が取られています。無上とは比較の上での上下ではありません。比較を超えて、すべての人を本当に生かしていけるから無上というのであります。自らのいのちを尊び、あらゆる人のいのちの尊さを引き出していける人を、無上尊というのであります。そのように唯我独尊とは、すべての人に働きかける意味をもった言葉でもあります。したがって、このお釈迦さまの誕生の姿に、仏教の教えが端的に示されています。それは、私たちが、この一回限りの一生の中で、裸 のままで自分も他人も尊ぶことのできる人として成就しなさいという、人間成就の道が仏教というものであります。それこそが、お釈迦さまが私たちに与えられた、一生を尽くしていく課題であります。

 忘れてならないことは、この花咲く四月に、親鸞聖人もまたお生まれになりました。最近では花まつりのように、聖人のお誕生を祝う行事が開かれています。親鸞聖人は、お釈迦さまが与えられたその課題を、九十年の生涯をかけて六歩あるいて一歩超えていかれた得道の人です。

 超えるというとなにか分かったような気持ちになり、また超えられそうにも思えます。しかし、六道を流転しているのは我が身の事実です。その六道を作る煩悩を捨て、尊くなるのではありません。六道は、我が身の事実です。それを捨てられると思うのは、あまりにも我が身の事実を軽く見ている無責任さを感じます。

 親鸞聖人は、その身の事実に誠実な方でありました。痛ましいまでも煩悩の身の事実を語っています。そして、その身を捨てないで、本当に尊い世界をその身に賜っていることに、気づいて南无阿弥陀仏と生きていって下さいました。

 その身を通して開かれた生命観を、親鸞聖人は宿業という言葉で現しておられます。

 宿業というと、なにか暗い絶対運命論のようにも考えられていますが、そうではなく、現在の私を成り立たせている必然性に目を開いた、深い生命感情であります。現在まで私を育ててきた。過去のすべてへの謝念がそこにあります。

 私たちは、過去の無数のお育ての世界に生きています。人も、生物も、すべての自然も、私を現在あらしめるために、黙って生き死にしながら支えてきてくれています。だとすると、その謝念に応え、現在に満足して生まれ変わる責任が私にあります。

 したがって、裸のまま、いのち尊しと現在に安んずる道は、自分の宿業を知る事実の中にしかありません。

 私たちは親鸞聖人が証しされた道によって、お釈迦さまが我々に与えて下さった大いなる願いを成就することができるのであります。

 花の季節に、お釈迦さまと親鸞聖人のご誕生を祝うことの意義の深さが思われます。