「蓮如上人御一代記聞書」讃仰

 「蓮如上人御一代聞書」は、空善記・蓮如上人御物語・実悟旧記などを写し継いだものと推定されている。諸刊本があり、内容や配列順序がそれぞれ少し異なっている。

 多くの門弟たちによって、蓮如の法語、言行が、数多く記録されている。寄合談合をすすめ、平座で門弟たちとも雑談したということから、耳底に残っている蓮如の言行が、自然と多く、伝えられてきたのであろう。

 能登で御示談を聞かせていただいたことがある。彼らの問答の典拠になっていたのは、「御文」よりも、「蓮如上人御一代聞書」の法語であることが多かった。

 わかりやすく、味わい深い上人の言葉は、彼らに、心を開いて話し合うことの大切さを説き続けてきた。そして、人生のすべてが如来・聖人からの御用であるという、念仏者の生活を照らす鏡となってきたのである。

 「聞書」は、「かくのごとき、我聞きたまえき」という、門弟たちの聞き書きの結晶である。
 数限りない念仏者たちが作り上げた、よき言葉がここにある。


231条からを掲載しました。
聞き書きはただ、羅列してあるのではなく、ちゃんとストーリーになっています。

前後の文もあわせて読んだいただけると、筆者の思いが伝わってくるように感じました。
拙訳について、誤り、感想など、メール、掲示板でお知らせいただければ幸いです。



231
同じく堺の御坊にて、前々住上人、夜、更けて、蝋燭をともさせ、名号をあそばされ候う。その時、仰せられ候う。「御老体にて、御手も振い、御目もかすみ候えども、「明日、越中へくだり候う」と、申し候うほどに、かようにあそばされ候う。一日夜の事にて候うあいだ、御辛労をかえりみられず、あそばされ候う」と、仰せられ候う。「しかれば、御門徒のために、御身をばすてられ候う。人に辛労をもさせ候わで、ただ、信をとらせたく思し召し候う」由、仰せられ候う。

同じように堺の御坊で、蓮如上人が、夜が更けているのに、ろうそくをともさせて、名号をお書きになった。その時、言われた。「この方は、御老体であって、手も震え、目もかすんでいらっしゃるが、「明日、富山へ参ります」と、言われたので、今日1日の事だから夜中までかかって、つらさも忘れて、このように書いているのである。」と。「こうして、御門徒のために、身を捨てるのである。その人につらい思いをさせないようにして、ただ、まことのこころをとらせたいと思うのだ」と、言われた。
 
 232

重宝の珍物を調え、経営をして、もてなせども、食せざれば、その詮なし。同行、寄り合い、讃嘆すれども、信をとる人なければ、珍物を食せざると同じ事なりと云々

 どんな貴重な食材を用意して、料理をして、ごちそうをしても、食べる事がなければ、無駄である。仲間が集まって、阿弥陀仏の徳をたたえても、まことのこころを獲得する事がなければ、珍品を食べないのと同じ事だ。
 
 233
物にあくことはあれども、仏に成ることと、弥陀の御恩を、喜びあきたる事は、なし。焼くとも失せもせぬ重宝は、南無阿弥陀仏なり。しかれば、弥陀の広大の御慈悲、殊勝なり。信ある人をみるさえ、とうとし。能く能くの御慈悲なりと云々

 物事に飽きてしまう事はあっても、ついには仏のさとりの世界を得る事と、そうさせてくださる弥陀への感謝の気持ちに飽きる事は、絶対にない。焼き捨てようとも消える事のない貴重な宝ものは、「南無阿弥陀仏」である。であるから、阿弥陀仏の広大なやさしさは、とりわけ優れているのである。教えに生きる人を見る事さえも、尊い事である。本当に素晴らしい優しさである。
 
 234
 信決定の人は、仏法の方へは、身をかろくもつべし。仏法の御恩をば、おもくうやまうべしと云々
 
 まことのこころを得たならは、法話の場へは、軽々と身を運びたいものである。そして仏法の有り難さを、深く重く敬いたいものである。
 
 235
蓮如上人、仰せられ候う。「「宿善めでたし」と、云うは、わろし。御一流には、「宿善有り難し」と、申すが、よく候う」由、仰せられ候う。

蓮如上人が、言われた。「「よい事してきてよかったなあ」と、いうのは、駄目。他力の教えを聞くものは、「よい事はなかなかできない、できる御縁が有り難い」という、実感が、わくものである」という事を、言われた。
 
236
 他宗には、法にあいたるを宿縁という。当流には、信をとることを宿善と云う。信心をうること、肝要なり。されば、この御おしえには、群機をもらさぬゆえに、弥陀の教えをば、弘教とも云うなり。

 仏教一般では、縁がなければ仏法には出遇えないという。真宗では、まことのこころを獲得する事を、御縁との出遇いという。そして、まことのこころを獲得する事が、重要なのである。つまり、この教えは、すべての人々が仏法に出遇えるというのだから、阿弥陀如来の教えを、限りなく広い教えともいうのである。
 
 237
法門を申すには、当流の心は、信心の一儀を申し立てられたる、肝要なりと云々

真宗の教えのきわだった点を述べると、私たちの教えの神髄は、まことのこころという事一つだけを大切にしている。この事が重要なのである。
 
 238
前々住上人、仰せられ候う。「仏法者は、法の威力にて、なるなり。威力でなくは、なるべからず」と、仰せられ候う。「されば、仏法をば、学匠・物しりは、云いたてず。ただ、一文不知の身も、信ある人は、仏智を加えらるる故に仏法にて候うあいだ、人が信をとるなり。此の故に、聖教よみとて、しかも、我は、と、思わん人の、仏法を云いたてたること、なし」と、仰せられ候う事に候う。ただ、なにしらねども、信心定得の人は、仏よりいわせらるるあいだ、人が信をとるとも、仰せに候う云々

 蓮如上人は、言われた。「仏教徒には、法の力強いうながしによって、なるのである。それがなければ、仏教徒になれるはずがない。」と。「だから、仏教に、自称学者や知識人は、本当の意味では出遇っていない。平凡な、仏教用語を知らなくても、まことのこころある人は、みほとけが智慧(ちえ)を与えた仏法そのものなのであり、まことのこころを獲得しているのである。だから、経典をたくさん読んだぞ、そして、我こそ仏教徒だぞと 考えてしまう人が、仏法について何か主張する事が、できるはずがない」と、言われた。平凡な、教養はなくても、まことのこころが定まった人は、みほとけの言葉を語っている.こうしたことが、まことのこころを獲得するという事である。
 
 239
弥陀をたのめば、南無阿弥陀仏の主になるなり。南無阿弥陀仏の主に成るというは、信心をうることなりと云々 また、当流の真実の宝と云うは、南無阿弥陀仏、これ、一念の信心なりと云々

 阿弥陀如来に救いをたのむ事は、「南無阿弥陀仏」の世界の主人公になる事である。「南無阿弥陀仏」の世界の主人公になるという事は、まことのこころを獲得する事である。そして、私たちの教えにおける真実の宝は、「南無阿弥陀仏」、まさに、日々新たに生まれるまことのこころしかないのである。
 
 240
一流真宗の内にて、法をそしり、わろきさまにいう人、あり。是を思うに、他門他宗のことは、是非なし。一宗の中に、かように人もあるに、われら、宿善ありてこの法を信ずる身の、とうとさよと、思うべしと云々

 教団の中に、教えをけなし、悪く言う人が、確かにいる。私はこう思う。ほかの教団やほかの宗教の人が言う事は、どうでもよい。教団の中にも、こうした人がいるが、私たちは、縁があって教えを信じる私自身になれた事を、尊い事だと、思いたいものだ。
 
 241
前々住上人には、何たるものをも、あわれみ、かわゆく思し召し候う。大罪人とて、なお、人を殺し候うこと、一段、御悲しみ、候う。「存命もあらば、心中をなおすべし」と、仰せられ候いて、御勘気候いても、心中だになおり候えば、やがて、御宥免候うと云々

蓮如上人は、どんな悪い事をした人も、哀れみ、愛したのである。大罪人であっても、さらに、その人を殺すという事を、ひときわ、悲しんだ。「命があれば、悔い改める事もある」と、言われた。破門をしても、悔い改めれば、すぐに、許した。
 
 242
安芸蓮宗、国をくつがえし、くせごとに付きて、御門徒をはなされ候う。前々住上人御病中に、御寺内へ参り、御詫び言申し候えども、とりつぎ候う人なく候いし。その折節、前々住上人、ふと仰せられ候う。「安芸をなおそうと思うよ」と、仰せられ候う。御兄弟以下、御申すには、「一度、仏法にあたをなし申す人にて候えば、いかが」と、御申し候えば、仰せられ候う。「それぞとよ。あさましき事をいうぞとよ。心中だになおらば、なにたるものなりとも、御申しなきことに候う」と、仰せられ候いて、御赦免候いき。その時、御前へ参り、御目にかかられ候うとき、感涙畳にうかみ候うと云々 御中陰の中に、蓮宗も、寺内にて、すぎられ候う。

安芸蓮崇(あきれんそう)が、国を巻き込む混乱を招き、教えをゆがめて伝えたので、追放処分を受けていた。蓮如上人が御病気の時、山科(やましな)本願寺へ行って、謝罪をしようとした。しかし取り次ぐ人がいなかった。突然、蓮如上人が、ふっと言われた。「安芸を許そうと思うのだ」と。御子息たちをはじめとする人々が、申し上げた。「かつて、仏法を侮辱した人です。賛成できません」と、申し上げると、言われた。「お前たちの考え方こそ間違っている。情けない事を言うものだ。こころさえ悔い改めれば、いかなるものであろうとも、弥陀如来はもらさず救うのである」と、おっしゃって、許された。そして蓮崇坊は、病床へ行き、お目にかかり、感涙にむせび畳をぬらしたという。上人の中陰のあいだに、蓮崇坊も、本願寺で亡くなられた。
 
 243
奥州に、御流のことを申しまぎらかし候う人を、きこしめして、前々住上人、奥州の浄祐を御覧候いて、以のほか、御腹立候いて、「さてさて、開山上人の御流を申しみだすことの、あさましさよ。にくさよ」と、仰せられ候いて、御歯をくいしめられて、「さて、切りきざみても、あくかよ、あくかよ」と、仰せられ候うと云々 仏法を申しみだす者をば、「一段あさましきぞ」と、仰せられ候うと云々

 奥羽で、教えを混乱させた人がいる事を聞いて、蓮如上人は、奥羽の浄祐を呼び寄せて、とんでもない事と、怒りをあらわにし、「何と、親鸞聖人の教えを乱すとは、情けない。憎い。」と、おっしゃって、歯を食いしばり「切り刻んでも、許せない。許せない」と、言われた。仏法を乱す者を、「一番情けないやつだ」と、言われた。
 
 244
思案の頂上と申すべきは、弥陀如来の五劫思惟の本願にすぎたることは、なし。此の御思案の道理に同心せば、仏になるべし。同心申すとて、別になし。機法一体の道理なりと云々

人の考える事の究極といっても、阿弥陀如来が時間を超えて考えつくした「本願」を上回る事はない。法蔵菩薩の考え方に共感すれば、仏のさとりをうる。共感といっても、特別な事を言っているのではない。優れた弥陀の教えを凡夫の私がそのままいただくという事である。
 
 245
蓮如上人、仰せられ候う。「御身、一生涯、御沙汰候う事、みな、仏法にて、御方便・御調法候いて、人に信を御とらせあるべき御ことわりにて候う」由、仰せられ候う云々

蓮如上人は言われた。「私が、一生涯、申してきた事は、すべて、仏法の精神に基づいて、あらゆる手だてを使い・何とか言葉を仕立てて、人々にまことのこころを獲得させようというつもりであったのだ」という事を、言われた。
 
 246
同じく御病中に、仰せられ候う。「今、わが云うことは、金言なり。かまえて、かまえて、よく意得よ」と、仰せられ候う。また、御詠歌の事、「三十一字につづることにてこそあれ、是は法門にてあるぞ」と、仰せられ候うと云々

同じように、病に伏せているときに、言われた。「今、私が言う事は、釈尊が説く言葉に等しい。心して、心して、お聞きなさい。」と、言われた。また、自分が作った歌についても、「三一字の普通の歌のようだが、真宗の教えそのものなのである。」と、言われた。
 
 247
「「愚者三人に智者一人」とて、何事も談合すれば、面白きことあるぞ」と、前々住上人、前住上人へ御申し候う。是また、仏法の方には、いよいよ肝要の御金言なりと云々

「「三人よれば文殊の知恵、愚かなもの三人は智慧(ちえ)あるもの一人に等しい」という格言があるが、どんな事でも、話し合えば、目の前が広々とひらけるものだぞ。」と、蓮如上人は実如上人に言われた。こうした事も、仏法の精神に基づいた、一層大切な如来の言葉なのである。
 
 248
蓮如上人、順誓に対し、仰せられ候う。「法敬と我とは兄弟よ」と、仰せられ候う。法敬、申され候う。「是は、冥加もなき御事」と、申され候う。蓮如上人、仰せられ候う。「信をえつれば、さきに生まるる者は兄、後に生まるる者は弟よ」と、仰せられ候う。「仏恩を一同にうれば、信心一致のうえは、四海、みな兄弟」と、いえり。

蓮如上人が、法敬坊順誓に対して、言われた。「法敬と俺は兄弟だ」と。法敬坊は、答えた。「これは、もったいない事です」。蓮如上人は、言われた。「まことのこころを獲得すれば、先に生まれたものは兄であり、後に生まれたものは弟である。」と。「生まれてきた喜びを共に獲得するという事は、同じまことのこころを獲得する事であり、全世界、だれもが兄弟姉妹であるという視座をもてるという事なのだ」と、言われた。
 
249
南殿、山水の御縁の床の上にて、蓮如上人、仰せられ候う。「物の、思いたるより大きにちがう、と云うは、極楽へまいりてのことなるべし。ここにて、ありがたや、とうとやと、思うは、物の数にてもなきなり。かの土へ生まれての歓喜は、ことのはも有るべからず」と、仰せられしと

山科本願寺の南殿(蓮如上人の居室)の、庭に向かった縁に座って、蓮如上人が、言われた。「世の中には、予想した事と現実が全く違う、という事が度々あるが、際たるものは極楽に行ってからの事である。娑婆(しゃば)で、有り難い、尊い事であると思っている事は、全くとるに足らない事だ。お浄土に生まれたときの喜びは、言葉では言い尽くす事ができないのである」と。
 
 250
人は、そらごと申さじと、嗜むを、随分とこそ思え、心に偽りあらじと、嗜む人は、さのみ多くはなき者なり。また、よき事はならぬまでも、世間・仏法、ともに心にかけ、嗜みたき事なりと云々

人間というものは、ウソはつかないと、常に心がける事で、せいぜい満足している。しかし、そうした自分の心に間違いはないだろうかと、さらに心がけている人は、多くはいない。善い事は心のままにできないとしても、道徳・仏法を、共に意識して、心がけるようにしたいものである。
 
 251
前々住上人、仰せられ候う。「『安心決定鈔』のこと、四十余年が間、御覧候えども、御覧じあかぬ」と、仰せられ候う。また、「金をほり出すようなる聖教なりと、仰られ候う。

蓮如上人は、言われた。「『安心決定鈔』は、40年余り、読んできたが、飽きる事がない」と、言われた。また、「黄金を掘り出すような素晴らしい書物である」と、言われた。
 
 252
大坂殿にて、おのおのへ対せられ、仰せられ候う。「此の間申ししことは、『安心決定鈔』のかたはしを仰せられ候う」由に候う。「しかれば、当流の義は、『安心決定鈔』の儀、くれぐれ肝要」と、仰せられ候うと云々

大坂(おおさか)本願寺にて、御門徒方に対して、言われた。「この間話した事は、『安心決定鈔』の教えの一部分を話したのである」と。「だから、私たちの教団においては、『安心決定鈔』を、くれぐれも大切にしなさい」と、言われた。
 
 253
法敬、申され候う。「とうとむ人より、とうとがる人ぞとうとかりける」と、前々住上人、仰せられ候う、「面白きことをいうよ。とうとむ体、殊勝ぶりする人は、とうとくもなし。ただ、有り難やと、とうとがる人こそ、とうとけれ。面白きことを云うよ。もっとものことを申され候う」との仰せ事に候うと云々

法敬坊が、言われた。「尊敬されている人より、敬っている人の方が尊いのである」。蓮如上人が、仰せになった。「面白い事を言うなあ。尊い体裁をして、いかにも自分が優れているようなそぶりをしている人は、実は尊くない。ただ、有り難いと、敬う人こそ、尊いのである。面白い事を言うなあ。もっともの事を言われたなあ」と。
 
 254
文亀三、正月十五日の夜、兼縁、夢に云わく、「前々住上人、兼縁へ御問いありて、仰せられ候うよう、「いたずらにある事、あさましく思し召し候えば、稽古かたがた、せめて、一巻の経をも、日に一度、皆々寄り合いて、よみ申せ」と、仰せられけり」と云々 余りに、人の、むなしく月日を送り候うことを、悲しく思*903し召し候う故の義に候う。

文亀(ぶんき)三年、正月15日の夜、兼縁が、次のような夢を見た。「亡くなった蓮如上人が、私に問いかけられた。「むなしく日々を過ごしている事、それを情けなく思うのなら、練習のつもりで、せめて、一巻の経典でも、日に一度、みんなで集まって、読みなさい」と、言われたのだ。」余りに、私たちが、空しく月日を送っている事を、悲しく思われたからだろう。
 
 255
同じく夢に云わく、「同じき年の極月二十八日の夜、前々住上人、御袈裟・衣にて、襖障子をあけられ、御出で候うあいだ、御法談聴聞申すべき心にて候う処に、ついたち障子のようなる物に、『御文』の御詞、御入り候うを、よみ申すを、御覧じて、「それは何ぞ」と、御尋ね候うあいだ、「『御文』にて候う」由、申し上げ候えば、「それこそ肝要、信仰してきけ」と、仰せられけり」と云々

同じく、兼縁の夢である。「同じ年の12月28日の夜、蓮如上人が、袈裟(けさ)と衣を付けて、障子を開いて、いらっしゃったので、御法話を聞こうというつもりでいた。すると、ついたての障子のようなものに、『御文』の言葉が、書き入れられていたので、思わず読んでいると、上人が御覧になって、「それは何だ」と、尋ねられた。「『御文』です」と、申し上げると、「それこそ、大切なもの、まことのこころにて聞きなさい」と言われた。」
 
 256
同じく夢に云わく、「翌年極月二十九日、夜、前々住上人、仰せられ候うようは、「家をば、能く作られで、おかしくとも、信心をよくとり、念仏申すべき」由、かたく仰せられ候いけり」と云々

同じく、兼縁の夢。「翌年12月29日、夜、蓮如上人が、「家や道場が、満足に建てられず、立派ではなくても、まことのこころを獲得し、念仏を申したいものだ」と、固く言われた。」
 
 257
同じく夢に云わく、近年、大永三、正月一日の夜の夢に云わく、「野村殿南殿にて、前々住上人、仰せに云わく、仏法のこと、色々仰せられ候いて後、「田舎には雑行雑修あるを、かたく申しつくべし」と、仰せられ候いし」と云々

同じく、兼縁の夢、最近の、大永3年、12月1日の夜の夢。「山科の野村(のむら)の南殿で、蓮如上人が、仏法の事について、いろいろ言われた後で、「地方の門徒には自力の修行や現世を祈る念仏を行うものがいる、厳しく教えを伝えなさい」と、言われた。」
 
 258
同じく夢に云わく、大永六、正月五日、夜、夢に、「前々住上人、仰せられ候う。「一大事にて候う。今の時分が、よき時にて候う。ここをとりはずしては、一大事」と、仰せられ候う。「畏まりたり」と、御うけ御申し候えば、「ただ、その、畏まりたりと云うにては、なり候うまじく候う。ただ、一大事にて候う」由、仰せられ候いし」と云々 次夜、夢に云わく、「蓮誓、仰せ候う。「吉崎前々住上人に、当流の肝要のことを、習い申し候う。一流の依用なき聖教やなんどを広くみて、御流をひがざまにとりなし候うこと候う。幸いに、肝要を抜き候う聖教候う。是が、一流の秘極なりと、吉崎にて、前々住上人に習い申し候う」と、蓮誓、仰せられ候いし」と云々
私に云わく、夢等をしるすこと、前々住上人、世を去りたまえば、今はその一言をも、大切に存じ候えば、かように夢に入りて仰せ候うことの、金言なること、まことの仰せとも存ずるまま、これをしるす者なり。誠に、これは、夢想とも、申すべき事どもにて候う。総別、夢は妄想なり。さりながら、権者のうえには、瑞夢とてある事なり。なおもって、かようの金言のことをばしるすべしと云々

同じく兼縁の夢。大永六年正月5日、夜の夢、「蓮如上人が、言われた。「一大事だ。まさに今が、仏法に出遇うべき時である。今を逃しては、一大事である。」と。「かしこまりました」と、答えると、「ただ、そんな、かしこまりましたと言うだけでは、いかん。とにかく、一大事なのである。」と、言われた。」
次の日の夜の、夢である。「亡き蓮誓坊が、言われた。「吉崎にいたとき蓮如上人に、真宗の非常に大切な点を、教えてもらった。真宗の教えとかかわりのない書物などを広く読んで、真宗の教えを誤解してそしるものがいる。幸いな事に、重要な点を抜き書きした書物があるのである。これこそが、真宗の至高の教えであると、吉崎で、蓮如上人に習いました」と。」
 なぜ夢などを記録するかというと、蓮如上人が、亡くなってしまったから、現在ではその一言一句までも、大切であるから、このように夢の中での、貴重なお言葉を、現実におっしゃっている事として、記録しているのである。確かに、こうした事は、空想と言うべき事かもしれない。すべて、人の見る夢は妄想である。しかしながら、上人は仏が衆生を救うために仮に現れた方であるから、人智(じんち)を超えた夢の中で語られるという事があるものだ。であるから、貴重な言葉を記録するのである。
 
 259
「「仏恩が」と、申すは、聞きにくく候う。聊爾なり。「仏恩を有り難く存ず」と、申せば、莫大聞きよく候う」由、仰せられ候うと云々 「『御文』が」と、申すも、聊爾なり。『御文』を聴聞申して、「『御文』有り難し」と、申してよき」由に候う。仏法の方をば、いかほども尊敬申すべき事と云々

「「仏の恩とは有り難いものなのだ」と、言うのは、聞き苦しいものだ。失礼である。「仏の恩に出遇えたことが有り難い」と、言えば、この上なく聞きやすい。」「「『御文』とは有り難いものなのだ。」と、言うのも、失礼である。『御文』をお聞きして、「『御文』に自分自身を聞く事が有り難い。」と、言うのがよい。」と言われた。自分自身に響いてくる仏法を、尊敬し過ぎる事はないと言われた。
 
 260
「仏法の讃嘆のとき、同行を「かたがた」と、申すは、平外なり。「御方々」と、申してよき」由、仰せごとと云々

「仏法をたたえる会のとき、御同朋御同行を「かたがた」というのは、問題外である。「御方々」というべきである。」
 
 261
前々住上人、仰せられ候う。「家をつくり候うとも、つぶりだにぬれずは、何ともかとも、つくるべし。万事、過分なることを、御きらい候う。衣装等にいたるまでも、よきものきんと思うは、あさましき事なり。冥加を存じ、ただ、仏法を心にかけよ」と、仰せられ候う云々

蓮如上人が言われた。「家を建てるのに、頭さえぬれなければ、あとはどうでも、作ればよい。何事においても、きらびやかにする事は、私は嫌いである。衣装などについても、高価なものを着たいと思うのは、情けない事である。生まれた恩を知り、ひたすら、仏法の価値観に基づいた生活をしなさい」と、言われた。
 
262
同じく仰せられ候う。「いかようの人にて候うとも、仏法の家に奉公申し候わば、昨日までは他宗にて候うとも、今日ははや仏法の御用と、こころえべく候う。たとい、あきないをするとも、仏法の御用と、こころえべき」と、仰せられ候う。

同じように言われた。「どんな人でも、仏法を大切にする家庭に暮らす事になれば、昨日まではほかの価値観で生きてきたとしても、今日からは仏法の生活を送るのだと、引き受けていきたい。たとえ、損得の計算をしていても、それも仏法の生活だと、引き受けていくべきである。」と、言われた。
 
263
同じく仰せに云わく、「雨もふり、また、炎天の時分は、つとめ、ながながしく仕候わで、はやく仕て、人をたたせ候うが、よく候う」由、仰せられ候う。これも、御慈悲にて、人々を御いたわり候う大慈大悲の、御あわれみに候う。常々の仰せには、「御身は、人に御したがいて候いて、仏法を御すすめ候う」と、仰せられ候う。御門徒の身にて、御意のごとくならざること、中々あさましき事ども、中々、申すもことおろかに候う、との儀に候う。

同じように言われた。「雨が降った時や、また、やけつくような暑い時期は、寺でのお勤めは、長くせずに、早めに終わるようして、みなさんに帰ってもらうのが、よい」と、言われた。こうした事も、慈悲の心からであって、仏の広大な慈悲が人々をいたわるように、我々をあわれんでいらっしゃるからである。常におっしゃっていたのは「私は、それぞれの人に合わせるようにして、仏法をすすめるのだ」と、おっしゃっていた。しかし、御門徒の方に、蓮如上人の気持ちが伝わらなかった事があった、非常に残念な事、まことに、とりあげる事も情けないと、私は思う。
 
 264
将軍家 義尚 よりの義にて、加州一国の一揆、御門徒を、はらいかるべき、との義にて、加州居住候う御兄弟衆をも、めしあげられ候う。そのとき、前々住上人、仰せられ候う。「加州の衆を、門徒放すべきと、仰せ出だされ候うこと、御身をきらるるよりもかなしく思し召し候う。何事をもしらざる尼入道の類のことまで思し召すは、何とも、御迷惑此の事に極まる」由、仰せられ候う。御門徒をやぶらるる、と申すことは、一段、善知識の御うえにても、かなしく思し召し候う事に候う。

将軍家(足利義尚)からの命令。加賀の一向一揆(いっき)に加わった御門徒を、本願寺から追放せよ、という命令が出て、加賀に住んでいた一門の人々も、京都へ引き上げる事になった。「加賀の人々を、本願寺の門徒から追放せよと、命令された事は、身を切られるよりも悲しい事である。さらに事情を知らない女性たちまで追放するという事は、何とも、たまらなく苦しい」と、言われた。御門徒を追放する、という事を、法を伝えるものとして、悲しく思われた事である。
 
 265
蓮如上人、仰せられ候う。「御門徒衆の、はじめて物をまいらせ候うを、他宗に出だし候う義、あしく候う。一度も二度も受用せしめ候いて、出だし候いて、しかるべき」由、仰せられ候う。かくのごとくの子細は、存じもよらぬ事にて候う。いよいよ、仏法の御用御恩を、おろそかに存ずべきことにてはなく候う。驚き入り候う、との事に候う。

蓮如上人が、言われた。「御門徒が、初物を下さったのに、食べずにそのままよそに出してしまうのは、悪い事である。一度でも二度でもいただいてから、ほかの人におすそ分けするのが、よいだろう」と、言われた。こうした細々とした事は、だれも知るはずのない事であろう。全く、御門徒からいただいたものは仏法からの賜り物であり、おろそかにしてはいけないというお心である。上人の御門徒を思うお気持ちには、驚いたものであった。
 
 266
法敬坊、大坂殿へ下られ候うところに前々住上人、仰せられ候う。「御往生候うとも、十年はいくべし」と仰せられ候う処に、「なにか」と、申されけれども、おしかえし、「いくべし」と、仰せられ候う処に、御往生ありて、一年存命候う処に、法敬に、ある人、仰せられ候う。「前々住上人、仰せられ候うは、あい申したるよ。その故は、一年も存命候うは、命を、前々住上人より御あたえ候う事にて候う」と、仰せ候えば、「誠に、さにて御入り候う」とて、手をあわせ、ありがたき由を申され候う。それより後、前々住上人、仰せられ候うごとく、十年存命候う。誠に、冥加に叶われ候う。不思議なる人にて候う。

法敬坊が、大坂(おおさか)の御坊へ参ったところ、蓮如上人が、「私が死んでも、あなたには10年は生きてほしい」と言われたので、「そんな事は」と、答えたが、重ねて、「生きてほしい」と、おっしゃっていた。上人が亡くなられてから、一年命長らえられて、法敬坊に、ある人が、言った。「蓮如上人が言っていた、とおりになったね。きっと、一年生きたのは、命を、蓮如上人が与えてくださったのだろうね。」と言うと、法敬坊は「まことに、そういう事です。」と、手を合わせて、上人のお徳を喜んだ。それから後、蓮如上人が言われたように、10年長らえた。まことに、もったいない方であった。不思議な人であった。
 
 267
「毎年、無用なることを仕り候う義、冥加なき」由、条々、いつも仰せられ候う由に候う。

「毎年、仏法とは縁のない生活をはじめてしまっている。もったいない事だ。」という事を、いつもおっしゃっていた。
 
 268
蓮如上人、「物をきこしめし候うにも、如来・聖人の御恩を御忘れなし」と、仰せられ候う。「一口きこしめしても、思し召し出だされ候う」由、仰せられ候うと云々

蓮如上人は、「食事をいただいているときも、阿弥陀如来と親鸞聖人の御恩を忘れない。」と、言われた。「一口食べても、そうしたことが、心にわき上がってくる」という事を、おっしゃっていた。
 
 269
御膳を御覧じて、「人のくわぬ飯をくうべきことよと、思し召し候う」由、仰せられ候う。「物をすぐにきこしめすことなし。ただ、御恩のとうときことをのみ、思し召し候う」と、仰せ候うと云々

 食事を御覧になって「普通なら食べられない貴重なご飯・御仏飯をいただけると、思っています」と、言われた。「すぐに箸(はし)をつけられません。ただ、仏祖の御恩が、思われます」と、言われた。
 
 270
享禄二年、十二月十八日の夜、夢に、蓮如上人、『御文』をあそばし候う。その御詞に、梅干のたとえ候う。「梅干のことをいえば、みな人の口、一同にすし。一味の安心は、かように、かわるまじきなり。」「同一念仏 無別道故」(論註)の心にて候いつるようにおぼえ候うと云々

享禄(きょうろく)二年、12月18日の夜、兼縁坊の夢、蓮如上人が、『御文』を下さった。その中に、梅干しの例えがあった。「梅干しについて話すと、みんなの口の中が、同じように酸っぱくなる。安らかなこころとは、このように、みんな、同じ味がするのである。」「同じく一つになって念仏する 異なる道はない」という浄土論註の言葉の意味を言われたのだと思う。
 
 271
「仏法をすかざるがゆえに、嗜み候わず」と、空善、申され候えば、蓮如上人、仰せられ候う。「それは、このまぬは、きらうにてはなきか」と、仰せられ候うと云々

「皆は仏法が好きではないから、打ち込んでくれないのです」と、空善が、申しますと、蓮如上人は、おっしゃいました。「「皆が好きではない」というのは、お前が嫌がっているからではないのか」と。
 
 272
「不法の人は、仏法を違例にする」と、仰せられ候う。「仏法の御讃嘆あれば、あらきづまりや、とくはてよかしと思うは、違例にするにてはなきか」と、仰せられ候うと云々

「仏法を嫌がっている人は、仏法を自分とは関わりのない事にしている。」と、言われた。「仏法をたたえる会のとき、ああ気詰まりだなあ、早く終わればいいのになあと思うのは、自分と関係ないと思っているからではないか」と、言われた。
 
273
前住上人、御病中、正月二十四日に、仰せられ候う。「前々住の、早々、われに、こいと、左の手にて、御まねき候う。あら、ありがたや」と、くりかえし、くりかえし、仰せられ候いて、御念仏申し候うほどに、各々、御心たがい候いて、かようにも仰せ候うと、存じ候えば、その義にてはなくして、御まどろみ候う御夢に、御覧ぜられ候う由、仰せられ候う処にて、みなみな、安堵候いき。これ、また、あらたなる御事なりと云々

実如上人が、御病気の際、正月24日に、言われた。「蓮如上人が、早く早く、私の方へ、来なさいと、左の手で、招いてくださった。ああ、有り難い」と、繰り返し、繰り返し、言われて、お念仏を称えられた。皆々、実如上人は正気を失ない、このような事をおっしゃっているのだろうと、考えてしまったのだが、そうした事ではなく、うとうとした夢で、見たのだと、言われたので、皆々、一安心した。これは、また、めずらしい事であった。
 
 274
同じき二十五日、兼誉・兼縁に対せられ、仰せられ候う。前々住上人、御世を譲りあそばされて以来のことども、種々仰せられ候う。御一身(実如上人)の御安心のとおり、仰せられ候う。「一念に弥陀をたのみ御申して、往生は一定と、思し召され候う。それに付きて、前住(蓮如上人)の御恩にて、今日まで、われ、と、思う心をもち候わぬが、うれしく候う。誠に、ありがたくも、または、驚き入り申し候う。我、人、かように心得申してこそ、他力の信心、決定もうしたるにてはあるべく候う。いよいよ、一大事まで、との義に候う。

同じ25日に、二人の息子の兼誉・兼縁に対して、実如上人が、家督を譲られてからの思い出話などを、いろいろ言われた。そして御自身の安らぎのこころをそのままに、語られた。「いつという事もなしに阿弥陀如来をたのむ心になり、往生は一つに定まったと、思っている。父のおかげで、我をはるこころを持たなかった事が、うれしい。」有り難くて、同時に、驚くべき事である。 人というものは、このように引き受けてこそ、他力のまことのこころが、定まったという事になるのである。全く、人生の一大事こそ、この事である。
 
 275
嘆徳の文』に「親鸞聖人」と、申せば、その恐れある故に、「祖師聖人」と、よみ候う。また、「開山聖人」と、よみ申すもおそれを存ずる子細にて御入り候うと云々

存覚上人の「嘆徳文」には「親鸞聖人」と書いてあるのだが、お名前をそのまま読むのは、おそれおおいので、「祖師聖人」と、読むのである。またそこを、「開山聖人」と、読むのも、またていねいな事である。
 
 276
ただ、「聖人」と、直に申せば、聊爾なり。「此の聖人」と、申すも、聊爾か、「開山」とは、略しては申すべきか、との事に候う。ただ、「開山聖人」と、申して、よく候う。

何の気もなしに、「聖人」と、そのまま言ってしまうのは、失礼である。あるいは門徒が他門の人に「私たちの聖人」と、言うのも、相手に失礼ではないか。「開山」と、略して発言すべきではないか、という事もある。いずれにせよ、「開山聖人」と、言うのが、よい。
 
 277
『嘆徳の文』に、「もって弘誓に託す」と、申すことを、「もって」を抜きてはよまず候うと。

存覚上人の「嘆徳文」に、「もって弘誓に託す(宗祖の導きによって、弥陀の本願に帰する事ができた)」と読むところがあるが、「もって」を抜いて読んではいけない。
 
278
蓮如上人、堺の御坊に御座の時、兼誉御参り候う。御堂において、卓の上に、『御文』をおかせられて、一人二人乃至五人十人、参られ候う人々に対して、よませられ候う。その夜、蓮如上人、御物語の時、仰せられ候う。「此の間、面白き事を思い出だして候う。常に、『御文』を、一人なりとも、来らん人にもよませてきかせば、有縁の人は、信をとるべし。此の間、面白き事を思案し出だしたる」と、くれぐれ、仰せられ候う。さて、『御文』肝要の御事と、いよいよ、しられ候う、との事に候う。

蓮如上人が、堺の御坊にいたときに、兼誉(蓮淳)さまがいらっしゃった。その時上人は御堂(みどう)で、机の上に、「御文」を置いて、参詣の人が一人でも二人でもあるいは五人十人でも、読んで聞かせていた。その夜、法話の時、「この間、面白い事を思いついた。一人でも、いらっしゃった人に読み聞かせれば、御縁のある人は、まことのこころを獲得するだろう。」と、繰り返し繰り返し、言われた。さてさて、「御文」のこの上ない大切さを、ますます、兼誉さまは知った、という事でした。
 
 279
「今生の事を心に入るるほど、仏法を心に入れたき事にて候う」と、人、申し候えば、「世間に対様して申す事は、大様なり。ただ、仏法をふかくよろくぶべし」と云々 また、云わく、「一日一日に、仏法はたしなみて候う。一期とおもえば、大儀なり」と、人、申さる。また、云わく、「大儀なると思うは、不足なり。命は、いかほどもながく候いても、あかずよろこぶべき事なり」と云々

「この世の事に身を入れるように、仏法に熱中したいものだ」と、ある人が、言うと「世間の事と互角に言ってしまうのは、おおざっぱすぎる。ただ、仏法だけを深く喜びたいな」と言う人がいた。また、「その日その日、仏法の教えを喜んでいます。一生喜ばなければならないと考えるのは、つらくなりますし。」と、ある人が言うと、こんな答えが返ってきた「つらいと思うのは、なんだかおかしいね。寿命は、どれだけ長くても、いやにならずに喜んでいるね」と。
 
 280
坊主は、人さえも、勧化せられ候うに、われを勧化せられぬは、あさましきことなりと云々

坊主は、他人に仏法をすすめるのに、自分自身にすすめられないというのでは、とんでもない事である。
 
 281
道宗、前々住上人へ『御文』申され候えば、仰せられ候う。「文は、とりおとし候う事も候うほどに、ただ、心に信をだにもとり候えば、おとし候わぬ」よし仰せられ候いし。また、あくる年、あそばされて、下され候う。

富山の赤尾(あかお)の道宗から、「御文」を書いてくださいと言われて、上人は、「「御文」なら落としてしまう事もあるが、心に教えをいだいていれば、落とす事もないのだよ。」という事を言われた。そして、明くる年にも、書いて、下さいました。
 
 282
法敬坊、申され候う。「仏法をかたるに、志の人を前におきて語り候えば、力がありて、申しよき」由、申され候う。

法敬坊が、言われた。「仏法を語るとき、熱心な方を前にして語れば、直していただける、申す事がそのままよい」と。
 
 283
信もなくて、大事の聖教を所持の人は、おさなき者につるぎをもたせ候う様に思し召し候う。その故*909は、剣は重宝なれども、おさなき者、もち候えば、手を切り、怪我をするなり。持ちて能く候う人は、重宝になるなりと云々

まことのこころがないのに、大切な聖教を持っていることは、幼いものに剣を持たせているようなものだ。というのは、剣は重宝なものであるが、幼いものが、持つと、手を切り、けがをする。持つ価値のある人が持ってこそ、聖教はこの上ない宝になるのである。
 
 284
前々住上人、仰せられ候う。「ただいまなりとも、我、しねといわば、しぬる者は有るべく候う、信をとる者はあるまじき」と、仰せられ候うと云々

蓮如上人が、言われた。「たった今、私が、死ねと言えば、死ぬものがいるかもしれないが、そんなことをして、まことのこころを獲得するはずがない。」と、言われた。
 
 285
前々住上人、大坂殿にて、各々に対せられて、仰せられ候う。「一念に、凡夫の、往生をとぐることは、秘事秘伝にてはなきか」と、仰せられ候う。

蓮如上人が、大坂(おおさか)の御坊で、皆に、言われた。「一度の念仏で、だれもが、浄土往生を遂げる教えである。秘事秘伝にもこんな素晴らしいものはないだろう」と。
 
 286
御普請御造作の時、法敬、申され候う。「なにも不思議に、御眺望も御上手に御座候う」由、申され候えば、前々住上人、仰せられ候う。「われは、なお不思議なる事を知る。凡夫の、仏に成り候うことを、しりたる」と、仰せられ候うと。

普請をしていたとき、法敬坊が、言われた。「何もかも思いがけなく、眺めもうまくできましたね。」蓮如上人が、言われた。「私は、もっと思いがけない事を知っているぞ。だれもが、仏に成るという事を、知っているぞ」と、言われた。
 
 287
蓮如上人、善従に、御かけ字あそばされて、下され候う。その後、善に御尋ね候う。「已前書きつかわし候う物をば、なにとしたる」と、仰せられ候う。「表補衣仕り候いて、箱に入れ、置き申し候う」由、申され候う。その時、仰せられ候う。「それは、わけもなきことをしたるよ。不断、かけて、そのごとく、心ねをなせよと、云うことにてこそあれ」と、仰せられしと。

蓮如上人が、善従に、掛け軸を書いて下さった。その後、善ちゃんに尋ねられた。「以前書いてあげたものは、どうしたのか」と。「表装して、箱に入れて、大事にしまってあります。」という事を、申し上げた。すると、言われた。「それは、無駄な事をしているな。いつも、掛けたままにして、書いてあるように、根性を直していきなさいというつもりで書いたのにな」と、言われた。
 
 288
同じく仰せに云わく、「これの、内に居て、聴聞申す身は、とりはずしたらば、仏になろうよ」と、仰せられ候うと云々 有り難き仰せに候う。

同じように言われた。「私の周りで、まるで身内のように、仏法を聞いているものこそ、何かを取り外さなけれれば、仏にはなれないよ」と、言われた。有り難いお言葉である。
 
 289
同じく仰せに云わく、坊主衆等に対せられ候う。「坊主と云う者は、大罪人なり」と、仰せられ候う。その時、みなみな、迷惑申され候う。さて、仰せられ候う。「罪がふかければこそ、阿弥陀如来は御たすけあれ」と、仰せられ候うと云々

同じように言われた事だ。坊主たちに対してである。「坊主というものは、大罪人である」と。言われて、皆、当惑してしまった。そこで、言われた。「罪が深ければこそ、阿弥陀如来は助けてくださるのだ」と。
 
 290
毎日毎日に、『御文』の御金言を聴聞せられ候うことは、宝を御領り候うことに候うと云々

毎日毎日、仏の説法に等しい「御文」を聴聞する事は、金のごとき無上の宝を預かっている事なのである。
 
 291
開山聖人の御代、高田の二代顕智、上洛の時、申され候う。「今度は、既に御目にかかるまじきと、存じ候う処に、不思議に御目にかかり候う」と、申され候えば、「それは、いかに」と仰せられ候う。「舟路に、難風にあい、迷惑仕候う」由、申され候う。聖人、仰せられ候う。「それならば、船にのらるまじきものを」と、仰せられ候う。その後、「御詞の末にて候う」とて、一期、舟にのられず候う。また、茸に酔い申され、御目に遅くかかられ候いし時も、「かくのごとく仰せられし」とて、一期、受用なく候いしと云々 かように、仰せを信じちがえ申すまじきと、存ぜられ候う事、誠にありがたき、殊勝の覚悟、との義に候う。

親鸞聖人の時代に、高田専修寺の二代顕智上人が、上洛(じょうらく)したとき、申し上げた。「今回は、もうお目にかかれないのではないかと、思っていましたが、不思議にお目にかかる事ができました」と。親鸞聖人は「それは、どうしたのか」と言われた。「船旅で、暴風に遭って、大変な目にあいました。」という事を、申し上げた。聖人は、言われた。「ならば、船に乗らなければよいだろう」と。その後は、「教えの一つである」として、一生、船に乗らなかった。また、きのこに当たって、会うのがが遅くなったときも、「同じように言われた」と、一生、食べなかった。こうして、言われた事を信じ背かないと、心がけていた事は、誠に有り難い、けなげな心構え、といえる。
 
 292
身あたたかなれば、ねぶりきざし候う。あさましきことなり。その覚悟にて、眠りをさますべきなり。身、随意なれば、仏法・世法、ともにおこたり、無沙汰・油断あり。此の義、一大事なりと云々

体が暖かくなると、眠りたくなる。そのような、眠っているような人生では情けない。そこまで自覚して、自分の眠りを覚ますべきである。生活を、気ままにしていると、仏法の事も世間の事も、共に怠ってしまい、いいかげんでおろそかになる。この事は、特に大事な事である。
 
 293
信をえたらば、同行に、あらく物を申すまじきなり。心、和らぐべきなり。触光柔軟の願あり。また、信なければ、我になりて、詞もあらく、諍いも必ず出来するなり。あさまし、あさまし。能く能く、こころうべしと云々

まことのこころを獲得したなら、仲間たちに対して、乱暴な言葉遣いはしないものである。こころが、和らぐ。第三十三願に「我が光明を蒙りてその身に触れん者、身心柔軟にして、人天に超過せん。」とあるように。そして、まことのこころがなければ、自己中心的になり、言葉が荒くなり、口論を必ず起こす。情けない、情けない。よくよく、心得たいものだ。
 
 294
前々住上人、北国に、さる御門徒の事を仰せられ候う。「何として、久しく上洛なきぞ」と、仰せられ*911候う。御前の人、申され候う。「さる御方の、御折檻候う」と、申され候う。その時、御譏嫌、もってのほか悪しく候いて、仰せられ候う。「開山聖人の御門徒を、さようにいう者は、あるべからず。御身一人、聊爾には思し召さぬものを、なにたるものがいうべきぞ」と、「「とくとくのぼれ」と、いえ」と、仰せられ候うと云々

蓮如上人が、北国の、ある御門徒の事について言われた。「どうして、しばらく上洛されないのか」と。近くにいた人が、申し上げた。「ある方が、厳しく戒めていらっしゃるのです」と。とたんに、御機嫌が、ものすごく悪くなられて、言われた。「親鸞聖人の御門徒に、そのように、言うべきではない。私は一人として、失礼のないようにしているのに、何という事を言うのか」そして、「「すぐに上洛しなさい」と、いえ」と、言われた。
 
 295
前々住上人、仰せられ候う。「御門徒衆を、あしく申す事、ゆめゆめ、あるまじきことなり。開山は、御同行・御同朋と、御かしずき候うに、聊爾に存ずるは、くせごと」の由、仰せられ候う。

蓮如上人が、言われた。「御門徒の方々を、悪く言う事は、絶対に、してはいけない。親鸞聖人は、同じ道を行く仲間・共なる如来の御弟子と、心から愛された。失礼な事をするのは、けしからん」と。
 
 296
「開山聖人の、一大事の客人と申すは、御門徒衆のことなり」と、仰せられしと云々

「親鸞聖人が、今一番大切なお客人と言われたのは、まことのこころをいただかれた御門徒の事である。」と、上人が言われた
 
 297
御門徒衆、上洛候えば、前々住上人、仰せられ候う。寒天には、御酒等のかんをよくさせて、「路次のさむきをも忘られ候う様に」と、仰せられ候う。また、炎天の時は、「酒などひやせ」と、仰せられ候う。御詞を和らげられ候う。また、「御門徒の上洛候うを、遅く申し入れ候う事、くせごと」と、仰せられ候う。「御門徒衆をまたせ、おそく対面すること、くせごと」の由、仰せられ候うと云々

御門徒の方々が上洛したとき、蓮如上人が、いつも言われたこと。寒空の時分には、酒などの燗(かん)を熱くして、「道中の寒さを忘れるようにな」と、言われた。また、炎天下の時分には、「酒を冷やせ」と、言われた。いつも優しく言われた。また、「御門徒が上洛された事を、取り次ぐのを怠ってはならん」と、言われた。「御門徒の方々を待たせてはいけない」と、言われた。
 
 298
万事に付けて、よき事を思い付けるは、御恩なり。悪事だに思い付きたるは、御恩なり。捨つるも取るも、何れも、何れも、御恩なりと云々

人生のどんな場面でも、善い事を思いつくのも、弥陀の御恩である。悪い事を思いついてしまうのも、弥陀の御恩である。それをやめるのも実行するのも、何もかも、弥陀の御恩である。
 
 299
前々住上人は、御門徒の進上の物をば、御衣の下にて、御おがみ候う。また、仏物と思し召し候えば、御自身のめし物までも、御足にあたり候えば、御いただき候う。「御門徒の進上の物、すなわち、聖人よりの御あたえと、思し召し候う」と、仰せられ候いしと云々

蓮如上人は、御門徒が差し上げるものに、目立たぬよう、衣の下で、手を合わせて拝んだ。また、如来よりの賜り物と思って、自分の衣装までも、足に当たったりすると、手で上に頂いた。「御門徒からいただいたものは、すなわち、親鸞聖人からいただいたと、思っています」と、おっしゃっていた。
 
300
仏法には、万事、かなしきにも、かなわぬにつけても、何事に付けても、後生のたすかるべきことを思えよ。よろこびたきは、仏恩なりと云々

仏法に基づく生活では、悲しいときも、無力さに絶望しているときも、どんなときも、浄土へ往生する道が定まっている事を思いなさい。喜びたい、如来の恩徳を。
 
 301
仏法者になれ近付きて、損は一つもなし。何たるおかしきこと・狂言にも、是非とも、心底には仏法あるべしと、思うほどに、わがかたに徳多きなりと云々

仏教を生きる人と親しくなって、損をする事は一つもない。世間の常識からはどんなに奇妙で不思議な振る舞いに見えても、必ず、心の底には仏法がある。得るものが多いのだ。
 
 302
蓮如上人、大権化の再誕、ということ、その証多し。前にこれをしるせり。御詠歌に、「かたみには 六字の御名をのこしおく なからんあとの かたみともなれ」と、候う。弥陀の化身としられ候う事、歴然と云々

蓮如上人は、阿弥陀如来が再びこの世に生まれた方だ、という事を、証明するものは多い。詠まれた歌に「形見として 六字の名号をのこしておく 私が亡くなったあとの 形見となるように」とある。弥陀の化身である事は、歴然としている。
 
303
蓮如上人、細々、御兄弟衆等に、御足をみせ候う。御わらじの緒、くい入り、きらりと御入り候う。「かように、京・田舎、御自身は、御辛労候いて、仏法を仰せひらかれ候う」由、仰せられ候いしと云々

蓮如上人は、何度も、子供たちに、足を見せた。わらじの緒の痕(あと)が、くい入って、はっきりと刻まれていた。「こうして、京都と田舎を通って、私は、苦労して、仏法を説き開いたのだ」という事を、言われた。
 
 304
同じく仰せに云わく、「悪人のまねをすべきより、信心決定のひとのまねをせよ」と、仰せられ候う云々

同じく言われた。「信心のない悪人のまねをしてはいけない、まことのこころが定まった人のまねをしなさい」と、言われた。
 
305
蓮如上人、御病中、大坂殿より御上洛の時、明応八、二月十八日、さんばの浄賢(の)処にて、前住上人に対し、御申しなされ候う。「御一流の肝要をば、『御文』に委しくあそばしとどめられ候うあいだ、今は、申しまぎらかす者も、あるまじく候う。此の分を、よくよく、御門徒中へも、仰せつけられ候え」と、御遺言の由に候う。しかれば、前住上人の御安心も、『御文』のごとく、また、諸国の御門徒も、『御文』のごとく、信をえられよとの支証のために、御判をなされ候う事と云々

蓮如上人が、御病気の中、大坂(おおさか)の御坊から上洛されたとき、明応8年、2月18日、河内の三番というところの浄賢の家で、実如上人に対して、「親鸞聖人の教えの要を、御文にくわしく書き残してきたので、今は、混乱させる者も、いないであろう。この事を、十分に、御門徒の中に、伝えてください。」と、御遺言された。よって、実如上人は御自分のこころも、「御文」に沿うようにされた。また、全国の御門徒が、「御文」にそって、こころを獲得する支えと証明にするために、判を押されたのである。
 
 306
存覚は、大勢至の化身なりと云々 しかるに、『六要抄』には、あるいは「三心」の字訓そのほか、*913「勘得せず」と、あそばし、「聖人の宏才、仰ぐべし」と、候う。権化にて候えども、聖人の御作分を、かくのごとくあそばし候う。誠に、聖意はかりがたきむねをあらわし、自力をすてて他力を仰ぐ御本意にも、叶い申し候うものをや。かようのことが、明誉にて御入り候うと云々

存覚上人は、智慧の大勢至菩薩の化身である。ところが、「六要抄」には、例えば「三心」の字訓などに 「わからない」と、書いたり「親鸞聖人の、広大な博学さを、尊敬したい」と、書いている。化身ではあるけれども、親鸞聖人の著作について、このように書いている。こうして、親鸞聖人の本当のこころを知る事が難しい事を書きつつ、自力を捨てて他力を仰ぐ聖人の本当の願いに、沿っていらっしゃるのである。こうした点が、存覚上人の素晴らしさなのである。
 
 307
註を御あらわし候う事、御自身の智解を御あらわし候わんがためにては、なく候う。御ことばを褒美のため、仰崇のためにて候うと云々

存覚上人が「六要鈔」を書いたのは、御自分の知的解釈を示すためではない。「教行信証」をほめたたえるため、仰ぎ尊ぶためであった。
 
 308
存覚御辞世の御詠に云わく、「今ははや 一夜の夢と なりにけり ゆききあまたの かりのやどやど」此の言を、蓮如上人、仰せられ候うと云々 「さては、釈迦の化身なり。往来娑婆の心なり」と云々 「我が身にかけてこころえば、六道輪回、めぐりめぐりて、今、臨終の夕べ、さとりをひらくべし、という心なり」と云々

存覚上人の辞世の歌は、「今ははや 一夜の夢と なりにけり ゆききあまたの かりのやどやど」。この歌について、蓮如上人は、以下のように言われた。「やはり、存覚上人は釈迦(しゃか)の化身である。衆生を救おうとこの世界にいらっしゃったという意味である」と言われた。あるいは「この歌を我が身に引き寄せて味わえば、迷いの世界を、めぐりめぐって、今、命の尽きる人生の夕べに、さとりをひらこう、という意味である」と言われた。
 
 309
陽気・陰気とてあり。されば、陽気をうくる花は、はやくひらくなり。陰気とて、日陰の花は、おそくさくなり。かように、宿善も遅速あり。されば、已今当の往生あり。弥陀の光明にあいてはやくひらくる人もあり。遅くひらくる人もあり。とにかくに、信・不信、ともに、仏法を心に入れて、聴聞申すべきなりと云々 已今当の事、前々住上人、仰せられ候うと云々 「きのうあらわす人もあり。きょうあらわす人もあり。あるあらわす人もあり」と、仰せられしと云々

中国から来た「魂魄(こんぱく)」という考え方に陽気・陰気という事がある。それによれば、陽気を受ける花は、早く開く。陰気ということで、日陰の花は、遅く咲くのである。このようにして、仏法にあう縁にも遅い早いがある。であるから、既に・今・まさにという往生の考え方もあるのである。弥陀の光明(こうみょう)にあって早く開く人もいる。遅く開く人もいる。とにかく、信心の人も不信心の人も、共に、仏法を深く味わって、聞法していきたいものである。既に・今・まさにという往生の考え方について、蓮如上人は、言われた。「昨日出遇っている人もいる。今日出遇う人もいる。明日出遇うはずの人もいる。」と、言われた。
 
 310
蓮如上人、御廊下を御とおり候いて、紙切のおちて候いつるを、御覧ぜられ「仏法領の物を、あだにするかや」と、仰せられ、両の御手にて、御いただき候うと云々 総じて、かみきれなんどのようなる物を*914も、御用と、仏物と思し召し候えば、あだに御沙汰なく候いしの由、前住上人、御物語候いき。

蓮如上人は、廊下を通って、紙切れが落ちているのを御覧になって「阿弥陀如来の世界のものを、粗末にしてはならない」と、おっしゃって、両手で、頂かれたという。すべて、紙切れのようなものでも、大切なもの、如来のものと考えていらっしゃったので、えり好みをされなかったという事を、実如上人が、語られた。
 
 311
蓮如上人、近年、仰せられ候うことに候う、「御病中に仰せられ候う事、何ごとも金言なり。心をとめてきくべし」と、仰せられ候うと云々

蓮如上人が、亡くなるころ、言われた事である。「病の中で話す言葉は、すべて釈尊の法話のごとくに貴重な言葉である。心して聞いてほしい」と、言われた。
 
 312
御病中に、慶聞をめして、仰せられ候う。「御身には不思議なることあるを、気をとりなおして、仰せらるべき」と、仰せられ候うと云々

病気をしているとき、慶聞坊をお呼びになって、言われた。「私には凡夫が仏になるという仏法の不思議さがわかってきた。気を取り直して、話したい」と、言われた。
 
 313
蓮如上人、仰せられ候う。「世間・仏法、ともに、人は、かろがろとしたるが、よき」と、仰せられ候う。黙したるものを、御きらい候う。「物を申さぬが、わろき」と、仰せられ候う。また、微言に物を申すを、「わろし」と、仰せられ候うと云々

蓮如上人は、言われた。「世間の事でも仏法の事でも、何事でも、人は、軽快なのが、よい」と、言われた。黙っている人を、嫌われた。「何も言おうとしないのは、だめだよ」と、言われた。また、小さな声でわからないように話すのを、「だめだよ」と、言われた。
 
 314
同じく仰せに云わく、「仏法と世体とは、たしなみによる」と、対句に仰せられ候う。また、「法門と庭の松とは、いうにあがる」と、これも対句に仰せられ候うと云々

同じように「仏法も世渡りも、日ごろから心がけて油断しない事が大切なのである。」と、うまく引っかけて言われた。「仏教は話せば(いうに)上達する、庭の松も結えば(いうに)見事になる」と、これまた、うまく引っかけて言われた。
 
 315
兼縁、堺にて、蓮如上人御存生の時、背摺布を買得ありければ、蓮如上人、仰せられ候う。「かようの物は、我が方にあるものを。無用のかいごとよ」と、仰せられ候う。兼縁、「自物にてとり申したる」と、答え御申し候う処に、仰せられ候う。「それは、我が物か」と、仰せられ候う。ことごとく、仏物、如来・聖人の御用にもるることは、あるまじく候う。

兼縁坊が、蓮如上人御存命の時、堺で背摺布を買ったところ、上人に言われた。「こうしたものは、私の手元にある。無用の買い物だよ。」と、言われた。兼縁坊が、「自分の金で買ったんですよ。」と、答えたところ、言われてしまった。「それは、「我がもの」か?「自分の金」か?」と。何もかも、阿弥陀如来のもの、如来・聖人からいただいたものでないものは、ないのだ。
 
 316
蓮如上人、兼縁へ、物を下され候うを、「冥加なき」と、固辞そうらいければ、仰せられ候う。「つかわされ候う物をば、ただ、取りて、信を、よくとれ。信なくは、冥加なきとて、仏物を受けぬようなれども、そ*915れは、曲もなきことなり。我がすると、おもうかとよ。みな、御用なり。何事か御用にもるることや候うべき」と、仰せられ候うと云々

蓮如上人が、兼縁坊に、ものを下さったとき、「もったいないです」と、固く辞退したところ、言われた。「与えられるという事は、そのまま、獲得するという事なのだよ。まことのこころを、獲得しなさい。まことのこころがないから、もったいないといって、阿弥陀如来からの賜り物を受け取らないようだが、それは、つまらない事だ。私が与えると、思っているのか。みな、如来からの賜り物なのだ。賜り物でない事が世の中にあるはずがない」と、言われた。
 
 右、合わせて三百十六箇条なり。
 
 
 
 
 
 
    蓮如上人御一代記聞書 終